UNDERTALEを初見クリアしました。(1)

前置き

この記事ではUNDERTALEのネタバレをバンバン書きます。 たちが悪いことに、事前知識がないとわからないような名詞も表現も使います。

なので、『UNDERTALEってどんなゲームだろう』って思ってこの記事を読みに来た人はさっと閉じるのが賢明です。

読んでも何を言っているのか、どの場面を指しているのか分からないこと必至です。

そして何より、初見プレイで味わうことができる感情のゆらぎの振幅を、こんな理性を半分飛ばしたような感想記事で小さくしてしまうのはひどくもったいないのです。

Steamストアが入り口です。 一周目をクリアした暁にもしこの記事のことを覚えていたら、また遊びに来てください。 ぜひ特異で感情的な体験を共有しましょう。

とは言っても、今回の記事ではプレイした感想の話が一切でてきません

「プレイ感想を読みに来たのにこいつは何を言ってるんだ」

と言われかねないのだけど。ゆるして。

残しておきたいなと思ったから、自分勝手にゲーム体験について書きます。

だから今回は、感想記事ではなく『ゲームについて思うこと』です。


なれそめ

誰も殺さないで済むゲームであること、そして周回プレイ前提であることは、事前知識で知っていた。

僕が遊ぶゲームを選択する条件として、そのゲームでしか体験できないことが詰まっているかという要素が大きい。

UNDERTALEをプレイする切っ掛けは、Twitterのフォロイーの誰かがこのゲームについて盛り上がっていたことが理由の1つだと思う。 ツイートを流し見しながら断片的に捉えたことは

攻略も実況も見ずに初見プレイしろ。

ということだった。

そのようなことを他者に吹聴させてしまうゲームは、ゲームに限らずだが、往々にして名作であることが多い。

未知のままに『それ』を体験することによって得られる『何か』は、別の作品を通してでは得ることができない。

今までの経験上、そういうことなんだろうと直感した。 だから、徹底的にネタバレに繋がりそうな情報は避けた。

ただ、ゲームの紹介PVは見に行ったので、所謂『不殺』プレイができることと、粗さの残るドットグラフィックと軽快なチップチューンが採用されていることは知識として持っていた。

周回プレイが前提のゲームであることは本当は知りたくなかったが……気になった瞬間、即座にプレイしなかった自分が悪い、ということにする。

即日休憩期突入

サントラもセットで購入して、UNDERTALEの世界にどっぷり漬かるつもり満々でいたのに、二時間もプレイしないで暫く、正確には半年ほど、このゲームに触らなくなった。

ここから半年間ゲームを寝かせることになったのは、リアルもスマブラもそれなりに忙しかったのもある。 ただ、これ以外にも、一度時間を置きたくなった理由があるな、と当時を振り返る。

それは、物語の一番最初のターニングポイントである、扉の前の戦闘。 この戦いを終えたあと、僕は今の今までこのゲームの続きを後回しにし続けた。

初見不殺クリアの目標

僕は基本的に周回プレイが苦手だ。 映画や本と比較して、ゲームというものはただでさえエンディングを見るまで時間がかかる。 既知の展開をずっとなぞることになるのは、僕にとって退屈だし面倒だ。 そこに時間をかけるくらいなら、別の作品に触れたいとさえ思う。

だから、というのは上手くない接続詞だが、マルチエンディングのシナリオでは、初見プレイの中で可能な限り最善のエンディングを目指すことにしている。

UNDERTALEを始めるにあたって、初見不殺クリアという目標を立てるのは、僕にとっては極々自然な流れだった。

そうしてゲームを開始し、簡単なパズルと音楽を楽しみ、戦闘システムの秀逸さに感心し、Torielの過保護さに辟易しながらも、ACTコマンドを駆使して先に進んでいった。

そうして迎えたあの扉の前で、早々に目標達成には至れなくなってしまった。

正直『絶対初見最善ルートクリアするぞ! おー!』と息巻いてたわけでもないが、 PVというメタ知識によって建てられた僕の目標はいとも簡単に打ち砕かれたのだ。

ゲーム体験の主体性

このUNDERTALEというゲームはプレイヤーに主体性を求める。 なのでこのインパクトは自分で決断・行動した結果だ。

僕が経験したことがあるユーザーに決断を迫るゲームといえば、ICOが真っ先に思い浮かぶ。 ICOPS2中期に発売され数年前にPS3でHDリマスターされたアクション・アドベンチャーだ。 主人公である角の生えた少年が霧に包まれた城で出会った少女とともに城からの脱出を目指すゲームで、 短いプレイ時間でクリア可能であるにも関わらず、その世界観、ゲーム体験は一級品(だと僕は思っている)。

余談だが僕は実家の居間でHDリマスター版を初見プレイして、エンディングを迎えた際には家族がいる側で泣き崩れてしばらく動けなかった。

僕はゲームと同じくらい映画やアニメが好きだ。でも、もしICOが映画やアニメになったとして、それを鑑賞したところで、きっと僕は涙を流さないだろう。

ICOで僕が泣いたのは、僕の分身である少年が言葉の通じない少女と手を繋ぎ、襲い来る困難や不安を乗り越えたからだ。

重要なシーンで自分自身の手で行動したからだ。

だからこそ少女に対する感情移入は、第三者から見て十分敬遠するに値するレベルで深かった。 そうしてたどり着いたエンディングは、感情を入れ込んだことを決して後悔させないものだった。

今の僕がUNDERTALEのプレイを推奨するのと同じように、未プレイのゲーマー諸君にはぜひICOをプレイして欲しい。

ゲームシステムとしての完成度に粗があることは否定しようのない事実ではあるのだが、間違いなくゲーム体験として一級品であると、繰り返し言わせて欲しい。

同じシナリオに沿った映像作品には、感情移入こそすれ、僕がゲームを通して体験した時と同様に己を重ねることはできないだろう。

ゲームは自分が決断しなければ話は先に進まないし、その結果もたらされる功罪はゲーム内の操作キャラクターを通じてプレイヤーに突きつけられる。 自分の手で物語を体験している感覚は、美麗なムービーで鑑賞するだけでは味わうことができない。

この物語に対する主体性こそが、多分色んな所で散々使い古された観点だろうが、物語をプレイすることができるゲームというものの価値なのだと、僕は思っている。


ああ、そして、ようやく、UNDERTALEに話が戻ってくる。 ゲーム開始二時間経たずにすることになる経験は、主体的な行動だから、言ってしまえば『ありがちで予測可能な展開』で心が揺さぶらされた。 Steamの履歴を見直してみると、UNDERTALEを購入したのは2016年の11月後期のことらしい。

物語の続きが気になりはしたが、唐突に訪れた過保護な導き手との決別のインパクトは大きかった。

それは、年末年始にやってくる慌ただしさとプレッシャーでいっぱいだった僕の心に「ちょっと休憩」と言わせるのに十分な破壊力を持っていた。

ここで休憩を挟んでしまった原因に、この後の話のテーマである「UNDERTALEは不安と戦うゲーム」だという僕の所感が関係していると思っている。

長くなりそうなので、今回はここまで。

次は絶対UNDERTALEの話をします。